『薬指の標本』*1

山を越えたらはしごはしご、と呪文のように言い聞かせていて、ソウルセットのことで忘れそうになりましたが今週で上映が終わることに気がついて予定通りに劇場へ。次の日がサービスデーだったのですが、混雑しそうだったのでゆったりと見ることにしました。制作されると知ってから日本での公開が楽しみで楽しみでたまらなかった作品、文字を読んでいても浮かんでくる世界は日本というよりも西洋のにおいがするものだったので、フランス映画になるなんてぴったりすぎる! と何度頭の中でシミュレーションしたことでしょう。
見終わってパンフレットを覗いてみれば、いくつも浮かび上がってくるスタッフの関係性があって、いわゆる単館系、ミニシアター系と呼ばれる作品と関わりあいのある人たちが名を連ねていました。敢えて名前を挙げてみるとオゾン、ルコント、ジュネ、ノエ等々ちょっと癖のある人たちの作品が見ていて思い浮かんでいたので、なるほど単館系としては王道の作品だったのかもしれないな、と勝手に誰かが書きそうな架空のレビューを想像して遊んだりもしました。

原作を読んだのは結構前だったので内容をすっぱり忘れていたので、新鮮な気分で見ることができたのも良かったです。小川洋子さんの選んだ言葉たちが立体となってシーンに映し出されていて、出てくるものがスタイリッシュではなく少し古ぼけていたり、服装もさりげなくおしゃれなのに色が鮮やかすぎなかったり、唐突かなという展開もあったのですが少しずつ何かを失っていく過程はとても綺麗で、ヒロインの汗がリアルで色気たっぷりでした。足に靴が食い込んでいく描写も丁寧で、一つ一つのシーンが絵になるぐらい質感も良かったです。
想像していたものとぴったりすぎて恐いほどで、「ああ、こういう系ね」とくくってしまうこともできるのですが、好みのものなので余計なことは考えず、世界にのめりこんでしまいました。本当に小川洋子さんの世界がそのまま映像化されたようで、日本で上映された博士の方は感動面を押し出しすぎて受け付けないかもしれないと敬遠していたのですが、彼女の作品はちょっとした描写に息を呑んだりしてしまうので、ストーリーの大筋だけではなく細部にまでこだわりのある、違った国の人が撮ったものの方がしっくりくるのかもしれません。小川さんにはこれからも静かに狂っていく、困惑を交えた無機質で官能的な世界を描いていってもらいたいし、それを映像化するならばこの作品のような感じが良いな、ととりあえずはソフト化を待つことにしました。文章としてこの作品が好きな人が見に行っても、大きく期待を裏切られることはないと思うので今のうちにスクリーンで見てみてください。


そして11月1日の新聞に小川洋子さんの記事が掲載されていて、短編集が発売されたということなのでしばらく様子を見ることにします。彼女の作品は装丁も凝っているので、手元に置いておくのならハードカバーにしたいです。