携帯を落としてしまって見つからないまま一週間が過ぎました。不便なこともありますが、なかなかこの生活も楽しいです。たとえば、待ち合わせをする時はまだ来ない相手のことを想像しました。寝坊したのかもしれないし電車が遅延したのかもしれないし、もしかすると何らかの事件に巻き込まれたのかもしれない……そうなると私は待ちぼうけを食らったままその場から動けず、一日中立ち続けることになるのかも、なんて。相手からすると遅れる旨を知らせる方法がないので余計困るみたいですが、ざっくりとした待ち合わせ時間しか近頃していなかったので、きっかりに会うのは新鮮だったりもします。ネットは家でのみなのでtwitterやその他の情報もまるで入ってこなくて、知る術はその相手の言葉のみ。姿を知っている人の場合は直接相手から話を聞く方が好きなので、最近あったことをふむふむとうなずきながら聞いています。
時間を知るのは街の時計か母親から借りた腕時計。腕にすると違和感があるのでポケットにしのばせて、長針と短針を読みます。押しても文字は出てこないし、色も変わりません。でも、私が中学に入ったころはまだそのような生活をしていました。中学の頃、友達との待ち合わせは池袋のセゾン前。それが元セ前になり、宝くじ売り場になり、西武らへんになり……。たった一週間ちょっとなのに外での連絡手段がなくなって、たくさん人がいる中でその人を見つけると、自然と笑顔になるのだと気づきました。ホッとする感覚、しばらく忘れていて、また携帯を持ったら忘れてしまうかもしれないぬくもり。もうしばらくはこのままで良いかなと思いながらも、そろそろこのままではいけないとも思っています。

描きたいライブは今日もあって、半分も見られなかったあら恋のリキッドはとても饒舌でした。曲の世界にくるまれて体感するあのライブ、今度またどっぷりと浸りたいです。