見上げたその一瞬で目に入ってきたのは月の姿で、綺麗だったのでもう一度見ようと落としかけた視線を再び戻すと同じ場所にはなくなっていた。さほど曇っているわけではないのになぜだろうか、単純に屋根で隠されただけなのだろうか。疑問もあったけれど気にせず自転車に乗った。
向かうべき方向に月があるはずなのに、どこにもなかった。強風にあおられながら首を縮めて、もう見納めになるイルミネーションを通り過ぎていった。星が良く見える通りはいつもより明るかった。街灯があまりないはずなのに、月もないはずなのに、落ち葉もよく見えた。
十字路を曲がった。右側がまぶしかった。自転車のスピードをゆるめて降りた。見上げるとそこにはぼんやりとした月の姿があった。眼鏡をしていないせいで輪郭はぼやけていて、満月までにはまだ時間があるように見えた。
家に着くと、今日は満月なんだってね、と話しかけられた。そうは見えなかった、と答えるとちょうど天気予報で満月のことをやっていた。私が見た月はぼやけてにじんでいたけれど、その光はきちんと届いていた。何より一番印象的だったのは、あの一瞬の姿だった。
月は反対側にあった。つまり、ガラスか何かに反射していた姿を本物の月だと思っていた。一瞬の姿だけを目に焼き付けて、それからは背負って自転車に乗っていたのだった。綺麗だと思ったその月が反射したものでも、満月を見て丸にはまだ足りないと思ったとしても、苦笑いをする気にはなれなかった。月をサーチライトにして月を探すことができて、私は十分に満たされていた。