いつか王子駅で (新潮文庫)

いつか王子駅で (新潮文庫)

大きな事件があるわけでもなく、日常におけるささいな出来事が淡々と丁寧に綴られていく。その作業は職人的でもあって、風景を一つひとつ描写していく様子や度々出てくる作家及び文学作品についての主人公の目線がほどよい距離を保っていて、起承転結を求めるのではなく時間の流れるままに身を任せていくのがとても心地良かったです。噛めば噛むほどに味がにじみでるようで、少し馴染みのある土地を舞台にしているせいか昭和のにおいもしてとっつきやすく、馬や菊などといった言葉にちょっとした繋がりがあるところも微笑ましく、女の子の笑い方が「あっは」というところが気に入ってしまいました。気取りついでに実際に飛鳥山公園で読み終えるべきだったかなあ、と後々思ったのですが、余韻にしびれてしばらくうなりを抑えるのが大変でした。エピソードは散開していくけれど、どこかで繋がっていくと考えるのも楽しかったです。書体と文体と物語の調和にも少し、しびれてしまいました。ただ、この画像だとせっかくの表紙が帯で台無しです。