変身 (新潮文庫)

変身 (新潮文庫)

映画を見てから再読。忘れていた箇所も多かったため、当時の感情を思い出しながら頭の中に描き出される情景は、やっぱり映画のものでした。足りないところを映像で補っていき、映画と小説とで違うところを発見してそれぞれを味わい、幾度も反芻すると二つの世界が滑らかに重なり合うようで、違った解釈をしていても素直に楽しめました。一回目よりも二回目、二回目よりも三回目と読むたびに深みが増していく世界なのかもしれません。
映画の内容のネタバレとなってしまうのですが、小説ではグレーゴルの一人称で語られているわけではないのですが、ほとんど彼の視点で描かれているので、俯瞰的にはわからないところがあるわけです。そこを逆手にとって映画では、グレーゴルを人間のままの姿で作っていました。虫だと思ったのは彼だけで、確かに手の動きや行動は人間らしからぬものではありますが、前のままの顔立ちで、身体で、だからこそ不気味に感じてしまう部分がありました。視覚的な虫ではなく、それ以外の感覚で嫌悪感を抱いてしまうような存在。最初は彼も人間としての意識を持っているのですが、次第に忘れてしまうようになっています。文章では彼の心情の移り変わりが読み取れますが、映画では表情と身なりからそれが見てとれます。
映画を見て最初に違和感があったのは、グレーゴルという人物がとても寡黙で紳士な男の人という描かれ方をしていたからなのかもしれません。小説の彼も彼以外の人物からすればそう見られていたのかもしれませんが、屁理屈を言ったり優越感を抱いたりしている内情の吐露をしているため、私は彼に違った印象を描いていました。
映画がDVD化された暁にはもう一度見直して、本も今一度読み直そうと思っています。人の表面とその内側、また日常に慣れるということと感情にも慣れるということ。様々な人間の本質を内包していながら、あまりとっつきにくくないその文体に、やっぱり私はカフカ的世界が好きなのだと再確認してしまいました。カフカを題材とした映画、『KAFKA 迷宮の悪夢』(asin:B00005RV34)もまた好きな作品の一つです。