おもしろそうだったので、衝動に任せることにしました。恋愛ものをよく書く女性の作家さんがオムニバスで書きそうなもの、ということで。深夜ならラブレター化現象が起こりましたが、まだお昼なので閉じます。


空から女の子が降ってくるオリジナルの創作小説・漫画を募集します。
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条件は「空から女の子が降ってくること」です。要約すると「空から女の子が降ってくる」としか言いようのない話であれば、それ以外の点は自由です。


 結婚しても良いとは思っていたけれど、面倒だからという理由でものぐさなわたしたちはそのままの生活を続けていた。同居ではなく同棲、同じ部屋に住んではいても家族ではなくて、恋人同士。そのあまい響きを、ほんとうは大事にしたかった。
 病院へは定期的に通っている。けれどそれを誰にも漏らしたことはない。当然彼にも。言って同情されるのは嫌だし、それが原因でぎくしゃくしてしまうのはもっと嫌だった。なぜって彼は大の子ども好きだったから。
 一緒に散歩をしていた頃には公園で遊ぶ子たちをやさしい目で見つめていたものだった。わたしは、その彼がとてもいとおしかった。細めた目がこちらを向いてくれなくても良かった。同じ温度で同じように見つめられなくてもかまわなかった。

 わたしは子どもが嫌いだ。ましてや自分の子どもなんて考えたくもない。両親に虐待された過去なんてなくて愛情たっぷりに育てられたけれど、わたしの血が誰かに流れるという事実はずっと受け入れられないと思う。
 だから自分の身体に変化があって、女としてかなしい面も確かにあったけれどうれしい面も本音としてはあった。


 彼とわたしの間にあるものが隙間だと気づいたのはいつだろう。かつて手をつないでいたはずの空間は今や何もなくて、ポケットの中でこぶしをにぎりしめることぐらいしかできなかった。
 二人で良かった、二人が良かった。ずっとそう思ってきたのに、彼はそう思ってはくれなかった。隙間を埋めるのはお互いに隙を見せすぎず好きを見せていた、恋人同士だった数年間だけだった。
 言葉遊びはわたしを救ってくれない。
 埋める、倦める、熟める、膿める。わたしたちはいくつもの「うめる」を表現してきたけれど、たった一つだけつくり出せなかったものがある。
 祈りをささげたりなんかしたくない。第一、望んでもいないことを願ったりしたくない。でも、でも、彼のことを失うならばわたしは進んで自分をねじ曲げたい。

 白い息を立ち上らせながら、わたしは彼のことを待っていた。単身赴任? 海外出張? たくさんの言い訳を聞いてきた。三年もの冷却期間があったのだから、これぐらいまだかわいいものだ。
 マフラーに顔をうずめて目をぎゅっとつむって、自分のお腹をさすってみた。脂肪しかない。
 誰も知らないことでも気づかれてしまうことがある。わたしは語らないかわりに悟らせてしまった。
 周囲に人がいないことを確認して、両手をかかげてみた。深呼吸するように、大きく。
 手袋をしないままの指先はすぐにかじかんできたけれど、冷たさの先に何があるのか知りたかった。わたしが受けるべき罰ならば進んで受けようと思った。昼ならば紫外線に撃ち抜かれたい、なんて思ったかもしれない。
 コウノトリは存在しても、頭に浮かぶのはペリカンの方。そしてペリカンが運んでくるのは荷物だけ。高い空の奥に何か見えたけれど、カラスか何かだろう。そう思いながらかじかんだ手を大きく組んだ。わたしのミステリーサークルは冷気を吸い込むばかりで、かつてここにいた人のぬくもりは伝わってこなかった。
 空を見上げる。わたしの白い息の先の先の先のはるか先から、ゆっくりと降りてくるものがあった。夜の空を海として、ゆらゆらと沈んでくるのかふらふらと落ちてくるのかわからない。

 硬直したまま、わたしは降ってくるものの行く末を見ていた。手の感覚がなくなったおかげで頭までしびれてしまったのかもしれない。何かと認識する前に、それはわたしのミステリーサークルにすっぽりとはまった。
 わたしの中にあった、わたしと彼の間にあった可能性のひとつ。
 ほんとうは欲しかったのだ、と彼女の体温を感じたときに初めて気がついた。
 わたしは彼女のことを知らないし、もしかしたら彼女自身も自分のことを知らないかもしれない。でも、だからこそそれで良いと思った。
 空から降ってきたばかりの、腕の中の女の子は何も言わずにこちらをじっと見つめている。

 彼はまだ戻らない。
 言葉が通じるかどうかわからないので、何とか冷静になって口を開きかけると、小さな女の子は誰かに似たやわらかい声を発した。
「ただいま」
 耳にとける前に、ふたつの白い息がそれをくるみこんだ。