あー、もう、あー、もう、あー、もう。どうしようもないことが起きてしまったのでどうしようもないのでニュアンス系の文章でお茶を濁してより一層現実逃避をしようと思います。
ここまで来ると自分をすごいと褒めたくなってきました。


暇つぶしなので長いです。




午前八時まで頭の中にあった本日の予定。
七時に間に合うように仕事を切り上げて、渋谷をかけって映画館。間に合わなかったらレイトに切り替えて先にタワレコでお買いもの。ポイント二倍期間が今日までだったので前々から気になっていたものとちょうど発売日だったものとを買って満足ぎみに家に帰る。
大体はそんな感じになるはずだった。


ここ最近のわたしはどうかしていて、それでもときどき意識が別世界へ飛んでしまうのは誰にでもあることだから、と注意力が散漫になっていても取りあわなかった。センチメンタルにひたってひとりきりで抱え込みたくもなることもあるし、わけのわからない衝動にまかせて大声で陽気に歌いたくもなる。浮き沈みがはげしければはげしい分だけ楽しさのありがたみもわかるってものだ。
ただ続けざまに悪いことが起こってしまうと神様の仕業じゃないのか、なんてことも考えてしまった。弱気になっている分、自分から悪いことを呼び込んでいる可能性だってある。一つの種が埋まってしまったら根が生えてすくすくと育って、日陰でもしっかりと土に埋まっていく。その植物は太陽に向かってだけ伸びているわけじゃない。知っていたはずだけど単に忘れていただけ、背伸びをしすぎてそこにある地面の存在を軽んじていただけ。
なんて、気取ってみたって状況が変わるわけでもなくて、わたしはなすすべもなく待ちぼうけー、とか歌ってみるしかない。でもどうにかなるっていう考えがずっと頭の中にあって、だから余計に手に負えない。どこからくるんだこの自信。


朝、玄関で嫌な予感がした。きのうとは違った鞄にしたからなのかもしれない、と一応は納得してみた。探して探して探して、遅刻決定の時間になっても探して嫌な汗がぶわっと出てきて、もうこれ以上は遅れられないというところで家を出た。
よりにもよって一番なくしてはいけないものをなくしてしまった!
携帯はなくてもやっていける、定期入れもまだ許せる。そうではなくて、たくさんたくさん大事なものが入ったままになっていた財布をなくしてしまった。信じられない。
五年以上母親が使っていて留め具が壊れたからわたしがもらって、それから十年以上使っている、一応はブランドものの財布はとても年季が入っている。たぶん日数換算すると単価がものすごく安くなっているんじゃないかと思う。それぐらいよれよれで、時々他の財布に浮気したこともあったけれど結局よりを戻していた。付き合ったり別れたりを繰り返している往年のカップルみたいでかっこわるいけれど、仕方がない、好きなんだもの。
そんな財布をなくしたのはたぶんきのうの夜。なんべんも記憶を繰り返したから頭が疲れたものの、こんなに前日のことを思い出したことはなかったかもしれない。


大宮のルミネに行って取り寄せていた洋服を引き取って、新都心のショッピングモールへ行ってコスメ屋さんがポイント二倍だったので色々購入して、ツタヤは我慢してローソンで手続きをして、北与野駅まで歩いて埼京線。地元の駅に戻ってからマツキヨで99円の飲み物を買って1円のおつりをもらって、レシートまみれの小銭入れ部分にお金をすべりこませてペットボトルとともに鞄の中へ。それから駐輪所に向かってカゴの中に置きっぱなしのジム用品を寄せて鞄を押し込んで、買い物の袋はハンドルにかけてジムまでサイクリング。それから身体を動かして家まで再び自転車で帰ってきて、鞄の中身はほとんどそのまま放置、だったはず。
どうだろう、何か忘れていることはある?


朝に気がついて職場でそのことを話すと、わたし以上に心配してくれてカードはすぐに止めた方が良いとアドバイスしてくれた。電話が苦手なので出来れば遠慮したかったけれどそうも言っていられない。銀行とクレジット会社と保険とジムと警察署にそれぞれラブコールして、二つには見事にふられた。まったくもってつれないね。
わたしは結構楽観的で、昼前まではまだ帰りに映画を見るつもりだった。帰りにタワレコに寄るつもりでいた。でもわたし以外の人々の心配が侵食してきてしまって、なんとかなるなんとかなるという考えがだんだんとしぼんでしまった。あわてたのは最初だけで他人事のように思えていたのは、きっと人間の本能行動の、逃避とかいうものだったのかもしれない。
頭の中には車道に打ち捨てられた真っ黒な財布のイメージがあって、とてもさみしそうだった。レシートばかりでふくらんだ財布はかっこわるくて、誰かに見つけてもらうのを待っている。わたしのことを待っていると思いたいけれど、もしかすると嫌気がさして逃げ出したのかもしれない。誰の手元にあるのか想像して、ため息をつくことで一つの可能性が消えていった。
きのう、洋服を取りにいかなかればよかったのかな。買いものしなければよかったのかな。急いでマツキヨ行かなければよかったのかな。雨が降らなければよかったのかな。
よかったのかな。
財布に入っていたのは証明書やカード、現金はそこそこ、でもそれ以上に戻りようがないものがあった。チケット買ったままそこに入れておくなんて、ポイントが満タンになったタワレコのカードを二枚も入れたままにしておくなんてばかじゃないの。


心配してくれた人に感化されて次第に不安になってきて、結局いつもより一時間ぐらい早く上がらせてもらった。まだ夕方で昼間の暑さも残っている。今なら早い上映時間の映画にも間に合う、と一瞬思ったけれどやめておいた。見つかったら渋谷まで戻るか地元のシネコンで見ればいいや、と楽観的な気分もまだ残っていた。
地元の駅に到着、駅員さんに聞いても届けはなくて、駐輪所のおじさんに聞いても返事は芳しくなかった。電話くれた?とおばさんに聞かれて首を振ると、今日はわたし以外にも財布を落として問い合わせた人がいたらしい。ちょっとした運命を感じてしまって、その人となら楽しく過ごせそうな気がした。
自転車をゆっくりゆっくり、練り歩くかのように動かしながら地面を凝視して、きのうとまったく同じルートをたどってみた。なぞるように、その時思ったことまで繰り返しながら、いとしの君を探した。
かくれんぼじゃなくてわたしがやりたいのは缶蹴り。ほらほら今なら蹴り放題だってば。
ジムまで行く太い車道に落ちている、という予感は見事に外れて地面にはいなかった。植えられた緑の下には土しかなかったし、黒いと思ったものは何かの破片だった。たい焼き屋さんの横では高校生の女の子たちが楽しそうに笑っていた。おいしそうね、わたしも自分の財布があったらきっと買っていただろうね。
夕暮れに染まる空がきれいで、地面を見るはずが気づくと見上げていた。はっとしてまた視線を落とすけれど、夕焼けの魔力には勝てずに何度も顎を持ち上げられてしまった。誰とキスしたいの? いえいえ、待っているのは王子様なんかじゃなくって、古ぼけたお財布さんですよ。
そそのかされながら近くの交番まで行って、若そうなおまわりさんに問い合わせてもらったけれど警察にはまだ届いていなかった。なぜだか下の名前で呼ばれて妙な感じのまま、紛失届けにひとつひとつの情報を記入していった。現金、クレジット、保険証。チケットのことは書いても意味がない。職場の人にも母親にもおまわりさんにもわからないし、財布を拾ったひとにもたぶんわからない。でもとても大切なチケットだったし、お金が戻ってこなくても良いからその紙は返してくれないかな、と想像の中の人に懇願もした。大丈夫だという確信はまだ続いているものの、頭の中と現実は当たり前に違うってことはさすがにわかっている。


家に帰って部屋を漁っても出てくるはずはなくて、途方に暮れるかわりにアイスを食べた。夜ご飯は軽くするつもりだったけれど、やけくそになってクリームチーズの入ったパンも食べた。コーヒーもなみなみと注いでがぶがぶ飲んだ。食い合わせなんて関係ない、焼き鳥も一本失敬した。
それで今、今日一日を振り返っている。誰かにものすごく迷惑をかけたわけじゃないからまだよかったけれど、わたしは自分をいじめて楽しんでいる、サディストにしてマゾヒストなのではないか、とまで考えてしまった。だって現実を突きつけられて動揺しても、この気持ちの揺らぎを記録しておこうだなんて考えてしまうんだもの。不思議と冷静な自分を客観的に見て文章化しようとするんだもの。

今日は幸運に恵まれ、穏やかな日です。運気も全体的に安定していますので、とても心がリラックスできるでしょう。メンタル面が少し弱いのは、今日の心が豊かすぎるせいでもあります。夢や希望が大きくなって、未来に向かって、とても前向きな気持ちになっているはずです。モチベーションが上がりきらないのは、その理想を、つい現状と比較してしまうからなのでしょう。「果てなき夢」は大きな力ですが、その道の険しさも十分理解していますので、心が少しネガティブになってしまうのです。とはいっても、今日は、とても幸運であり、運気がいい事に変わりはありません。

これが今日の運勢なのだそう。幸運と書かれていながらも金運は不調で、そこだけは見事に的中だった。買えなかったCDのことを考えてみても知らない音は想像できないし、誰の手に渡ったのかわからない財布のことを思ってもむくわれない。あーあ、いっそのことダウジングでもしてみようか。
絶望的なことを想像しておけば少しぐらいましな状況だった場合でも喜べるから、いつもならそうしているのに今回に限っては悪いことがまったく思い浮かばない。世の中いい人ばかりじゃないからねー、と言われて脅されたけれど、なんとかなるといまだに思っている。だからわたしは自分をいじめるのが好きなのか。


どなたか黒くてよれよれで、レシートがぱんぱんで前髪を切りすぎた人の名刺や日にちぐらいしか入っていないチケットが入っている財布を見かけませんでしたか?


もう、こうなったら幸運に頼るしかない。完治してない目の痛みにだって負けるもんか。コーヒーもう一杯飲んでやる。