「NONFIX」シリーズ憲法(→)

是枝監督が撮った作品が流れるということで予約しておいたのですが、見てみたら是枝さん担当はどうやら先週だったらしく、憲法21条について取り上げた映像で「表現の自由と責任を取材の現場で考えた」という内容でした。
NONFIXは時々見ては問題提起をされ、深夜にはぁ……とやりきれないため息をついたりすることが多く、今回も大きなため息が出てしまいました。報道する側とされる側、自由という名の束縛。言葉で事件をスケッチするのが新聞ならば、テレビはそれに声と映像を加えてより現実を再現させていくものなのかもしれません。
私の周りでも映像を扱ったりマスコミや報道を目指している人がいたので、よりぐっとせまってくる問題でした。特に今回の内容に説得力を持たせていたのは、取材する側である人が先輩に取材されている中でライブドア問題によって取材をしてカメラを向けている先輩の方にカメラが向かってきて取材をされている映像が流されていた点でした。ここを掘り下げていく方法もあったのかもしれませんが、ナレーションもしている取材する側だった人が言葉をあまり発することなく、カメラの映像が次第に離れていくところが多くを語っているように思いました。突然マイクを自分に向けられるということ。
取材する側もされる側も当然人間なわけで、真実を伝えたいという気持ちがある反面、すべて伝えたところで、誰に何の得があるのか? という疑問も湧き上がってきます。他社との勝負、顔写真の入手、たくさんの聞き込み。真実を追い求めるが故に、正義を掲げてしまうがために傷ついてしまうだけではなく傷つけてしまうこともあって、最後の方で取り上げられていた、鳥インフルエンザの問題で謝罪会見をしていた会社の会長が自殺したという問題は、明確な悪人がいるわけではないだけに心が痛みました。
報道が真実を伝えるものなのだとしたら、悪いことをした人々を追い詰めて糾弾する行為は行き過ぎではないのか? けれどただ伝えるだけのものになってしまったら、同じ内容を違うテレビ局で流す必要がなくなってしまう。ぐるぐるぐるぐる、華やかな世界だと思われがちな場所ですが、それ以上に過酷なものを背負っているのだと再認識させられました。

シリーズ憲法、全部見ようと思っていたのに、結局一本しか見られなかったので是非再放送してもらいたいです。